kumaのぶろぐ

小さい小さい個人塾の塾長ブログです。

遠方より…

友ではないが、元クマ塾の最後の卒業生君達が来てくれた。
数時間教室に居てくれて、思い出話をしたり、生徒の勉強を見てくれたりした。

“クマのこと、なんて呼んでるの?”
“あらいせんせいです”
“クマが先生か…違和感あるなぁ”
“・・・・”
“サクッとクマって呼んでみ。答えてくれるよ(^^ゞ”

こんな会話を生徒としていた。

二人来たうちの片方の子とは中学受験以来会っていない。
が、そんな違和感は全くなく、まるで同級生と会った時のように、昔に戻っていた。

その場に居た子は、イシダ塾が開校以来、来てくれた何人かの“元クマ塾生”ほぼ全員と会っている。
卒業生にはいろんな子が居る。
つまりはその子達は彼にとって“近未来予想図”であるはずだ。
だから私は、こうやって訪ねてくれる卒業生達に本当に感謝している。
そして、改めて、彼らと過ごした時間の密度の高さに思いを馳せた。

そして、また痛感したことがある。
それはなかなか再現できないことなのである。
ならば、イシダ風にアレンジして展開したい…。

7月頃、悶々としますよ…そう言った占い師の言葉は見事に的中した。
やっと終わったその月。
開けると同時に気になっていたことが一つ解決した。
徐々に、徐々に自分の思いにフィットするようにして行こう。

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夏、本番

昨日、教室に行く途中で顔見知りの方に出会った。
大阪人である。挨拶はこうなる。
“やっぱりあれですか、夏は書き入れ時で忙しいですか?(^^ゞ”と。
私はこの方に、“そうなんですわ”と答えたことがない。

夏休み、塾はハードスケジュールになる。
が、それは大手塾を中心とした形式の塾である。
前職もそうであったが、そういう大手塾のサポートに回ることが多いのが個別塾となる。
さらに、私は少しでもたくさんの人に…と思っていない節があり(笑)、平常のスタイルを崩さない。
こちらに合わせて来てもらいたいと考えている。

いつでも開いてる、何でも無理を聞いてくれるコンビニ塾にはなりたくない。

勉強というのものは、リズムが大切である。そして、そのリズムは変則でないことが肝要だ。
この一点で私は踏ん張っている。

万象を繰り合わせるという言葉がある。
時間と都合を合わせていただいた上で…という意味だ。
一瞬の怯みもなくそう説明したい。
でなければ、この年になって教室を持った意味がない。

わが“成”春のナカイ楽器!

梅田のナカイ楽器があと2ヶ月で閉店となると知った。
規模を縮小されてからいつかこんな日が来るかと恐れてはいた。

もう何年のお付き合いになるのだろうか…。
最初の塾を開業する数年前に立ち寄るようになったはずだから。25年はかたい。
出会いは三番街店だった。そこの店長さんに色々教えてもらいながら、生ギターにのめりこんでいった。
そして、是非本店(グランドビル店)へ行くようにと勧められた。
行ってみてびっくり。当時はあんなにマーチンを一堂に集めた楽器屋はなかなかなかったはずだ。
敷居がとても高かった。

でも徐々に慣れてきたころに江尻さんという方にであった。
楽器のことは当然として、まぁ、実に色々な話を聞いてもらった。
彼が居なかったら、私はこんなにギター好きになったかどうか疑問である。
彼の見よう見まねでそこそこ簡単なメンテならできるようになった。

出会いから15年ほどし、今度は私の環境が激変した。
引っ越し、離婚、廃業…どこまで行くんだろうと不安になった日々。
ナカイ楽器からも足が遠のいた。
それでもそこで知り合った“ぐっさん”やライブで知り合った“いっちゃん”、元クマ塾生パパがいるバンド…そんな場が与えられ、音楽だけは手放さずに済んだ。
全部ナカイ楽器から派生したことだ。

ほんとに心から感謝している。
そして心底残念だ。
できれば江尻さんにはまたギターを見てもらえるところに居てほしい。

長い間、ほんとにありがとうございましたm(_ _)m

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声量

私は、昔から子ども達によくこういう事を言ってきた。
『声の大きさを調節できない人はだめだよ』と。
それは『大きすぎる声』を想定していた。
言い始めて、数十年、今は『大きすぎる声』の持ち主は少数派となった。

ん?年のせいで耳が遠くなったのか?と思うことがある。
いやいや、違うだろ。
口をほとんど開けないでぼそぼそと言っている。

返事をしない。
挨拶をしない。
とにかくちゃんと声を出さない…。
これらは他とコミュニケーションすることを望んでいないか、する気がないか、いずれにしてもしないで生きてこられたわけだ。
私の育った環境では絶対に通用しなかったし、許されなかった。

何かというとこっぴどく叱られることが多い子ども時代だったが、今になってその躾に感謝している。

俗に言う『えらい人』の中には、基本的生活習慣や対人関係において不可欠の行儀作法ができていない人が少なくない。
昭和という時代に育てられた私は幸せ者である。