間違いだらけの中学受験+α

小さい小さい個人塾の塾長ブログです。

十三のベンチ

一番初めに勤めていた塾は西中島にあった。

6年ほど勤めたが、最後の年、それまで合格できていたレベルの子がある学校に合格できなくなっていた。

で、仲間内で調べた。

浜だった。浜に実績を持っていかれたのだ。

 

ある日、神戸線から乗り換えて、京都・千里線のホームへ走った。

が、乗り遅れ、仕方ないのでベンチに腰掛けた。

悶々としていた。

 

ふと、神戸線側に顔を上げると、たまたまそこに西に向いて天井が開いていて駅の向こうのビルが見えた。

その屋上に黄色と黒でできたド派手で品のない看板が目に入った。

それが浜だった。

 

それからしばらくして、職場で偶然出会った高校の先輩が電話をくれた。

彼は少し前に退職していた。

神戸外大での秀才だった。

 

「荒井君、浜においでよ」

「え?浜?!」

「そう。僕ね今浜に居てる。社員は〇〇ばっかりやからすぐ出世するよ(笑)」

 

で、結局彼と会い、情報を聞いた。

彼はその翌日にボスに私を紹介し、私も浜の一員になった。

浜は三年で辞めた。

辞める時、私の上司は私の手を取って泣いてくれたのを今でも覚えている。

彼は後年、もう一度私を浜に誘ってくれたが、さすがに自営していた私には無理な話だった。

さらに後年、彼も浜を追われるように辞めた。

今は昔の話だ。

 

あの頃の浜は尖がっていた。勢いがあった。

講師に哲学があったし、皆とても優秀だった。

その後、浜は希と袂を分かつことになるが、私は希に行った人とは付き合いがない。

あの立ち上げは酷かった。

今でも信用できない気がするのは、創業時のあの姿勢だと思う。

思えば30年以上前の話。

私も一度自塾を閉じたが、時を経てまたもう一度自分の塾を持てた。

 

遠い昔、十三で見たあの看板。今も君臨しているその大手塾のすぐそばにイシダ塾はある。